2026年5月7日
環境業界に15年以上携わるキャリアコンサルタント、渡邉 功氏による連載「環境・サステナキャリア3.0の時代」、5月15日(金)の夜19時開催のオンラインセミナー「あなたのサステナ業務、市場価値がありますか? 〜社会に良いことと、キャリアに良いことの違いを本音で語る〜」を控え、今回はいわゆる『サステナ担当者』が昔と違って今はどう変わったのか、現在どう捉えればキャリアアップにつながるのか、を解説いただきます。
環境・サステナビリティ領域の人材市場を見ていると、ここ数年で相談内容が変わってきたと感じる。
以前は、「どうすれば環境・サステナビリティの仕事に就けるのか」という入口の相談が多かった。未経験でも入れるのか、資格は必要なのか、どんな経験が評価されるのか。主な関心は、この領域に入る方法だった。
しかし最近は、すでにこの領域に入った人からの相談が増えている。事業会社のサステナビリティ部門に配属された人、サステナビリティコンサルタントとして実務に入り始めた人、統合報告、人的資本、排出量算定、サプライチェーン対応などに関わるようになった人たちである。
彼らの問いは、もう少し切実だ。
「このまま続けて、自分の経験は市場で評価されるのか」
これは、かなり重要な問いである。なぜなら、サステナビリティ職は、かつてのように「なれたら勝ち」の希少なポストではなくなってきているからだ。求人は増え、職種名も広がり、企業内の担当部署も増えている。しかし、どの経験でも同じように市場価値につながるわけではない。むしろ市場が広がったことで、経験の中身による差が出やすくなっている。
私は以前、国内電機メーカー65社に在籍するサステナビリティ推進人材100名の職務経歴を分析したことがある。そこで見えてきたのは、日本企業のサステナビリティ推進人材が、長らく環境マネジメントを中心に形成されてきたという実態だった。ISO14001、環境法規制、工場管理、環境報告書。これらは日本企業の環境対応を支えてきた重要な基盤である。
ただし、現在のサステナビリティ実務は、気候変動、人的資本、人権、調達、自然資本、資源循環、情報開示へと広がっている。求められているのは、現場の法令対応だけではない。企業価値と社会価値を接続し、複数部門を動かし、データやリスクを経営に上げる役割である。
一方で、こうした新しい仕事に対して、企業側もまだ十分なキャリアパスを用意できていない。サステナビリティ部門は、役員直下に置かれることも多い。経営に近いという意味では魅力的に見える。しかし裏を返せば、担当役員の関心、理解、人事異動に大きく左右されるということでもある。担当役員が変われば、方針が変わる。部門の位置づけが変わる。昨日まで経営課題だったものが、突然、報告書作成の事務局に戻ることもある。
さらに、社内にロールモデルがいない。上司、同僚も詳しくない。評価基準も曖昧である。にもかかわらず、親会社、経営層、外部コンサル、各部門の間に立たされる。結果として、本人はかなり働いているのに、自分が何の専門性を積んでいるのか説明できない状態に陥ることがある。
これは、現代のサステナビリティ職の大きなリスクである。
たとえば、ある若手社員は、通信系企業に総合職として入社し、当初は経理部門で経験を積んでいた。大学時代にサステナビリティを学んでいたこともあり、グループ全体でサステナビリティ推進体制を整えるタイミングで、急に担当者に抜擢された。
一見すると、良い機会に見える。だが、社内には自分以外に詳しい人がいなかった。上司も同じような知識レベルで、実務は親会社の方針に従ってデータを集め、社内に周知し、会議資料を整えることが中心だった。難しい部分は、親会社が起用した外部コンサルタントが対応する。本人はその間をつなぐ役割を担い続けた。
2年が過ぎた頃、同期は経理や人事で着実に実績を積んでいた。一方、自分は忙しく働いてきたにもかかわらず、何を専門にしてきたのかが分からない。異動希望は「他に担当できる人がいない」と聞き入れられない。転職活動を始めても、サステナビリティの経験をうまく説明できず、面接で語れるのは配属初期の経理経験ばかりだった。
本人は「サステナビリティなんて、やらなければよかった」と振り返った。
これは極端な例ではない。サステナビリティの仕事が、本人のキャリア形成と接続されないまま、便利な調整役として消費されると、このような状態は十分に起こり得る。配属当初、本人はこの仕事に希望を持っていた。大学で学んだテーマを実務に生かせると感じていた。しかし、社会的意義だけではキャリアは守れない。本人の市場価値が積み上がらず、評価にも結びつかなければ、その仕事はキャリアの墓場になってしまう。
ある人は、新卒で金融機関の総合職として働き始めた。金融業界で働く中でサステナブルファイナンスに関心を持ち、海外大学院で専門的に学び直した。安定した大企業を離れる決断に、周囲は強く反対した。実際、当時はサステナビリティのキャリア市場もまだ狭く、帰国後に選べたのは小規模なサステナビリティコンサルティング会社だった。
しかし、小規模企業だからこそ、早い段階で大型プロジェクトに関わる機会を得た。調査、提案、顧客対応、開示支援、戦略策定を若いうちから経験し、時代の流れとともに扱うテーマも広がっていった。やがて彼はシニアマネージャーとなり、かつて働いていた金融業界の企業をクライアントとして支援するようになった。
その後、ある新興の金融機関から声がかかった。サステナビリティを経営の中核に据えるため、役員待遇で参画してほしいという誘いだった。同年代の金融機関出身者であれば、早くても課長クラスに差しかかる年齢である。安定した金融機関のルートを自ら離れ、決して平坦ではない道を歩んできた彼にとって、サステナビリティは遠回りではなかった。むしろ、金融、専門知、コンサルティング、経営をつなぐ一本の線になった。
かつての職場には存在しなかった新しいポジションを、彼は自らの経験によってつかみ取ったのである。サステナビリティが、彼のキャリアをつないだのだ。
2つのケースの違いは、運だけではない。後者は、金融、専門的な学び、コンサル実務、複数プロジェクト、クライアント業界への理解が一本につながっていた。
一方、前者はサステナビリティ業務に携わっていたにもかかわらず、経験が職務として整理されていなかった。データ収集、会議運営、社内周知、親会社対応は必要な仕事である。しかし、どの基準を理解し、どの意思決定に関わり、どの専門性を身につけたのかが見えにくいままだった。
ここに、現在のサステナビリティ職の分岐点がある。
大切なのは、肩書ではない。どの職務経験を積んだかである。
「統合報告に関わった」という表現だけでは、経験の中身は伝わりにくい。マテリアリティの見直し、KPI設計、部門横断のデータ収集、経営会議向け資料作成のどこまで担ったのかで、市場での評価は変わる。温室効果ガス排出量のScope算定も同じである。算定範囲の整理、サプライヤー対応、根拠管理、削減施策、外部保証対応まで語れて初めて、経験は職務として伝わる。
サステナビリティという言葉は非常に広い。広い言葉は便利だが、採用市場では曖昧になりやすい。だからこそ、自分の経験を職務の言葉に翻訳する必要がある。
ここで重要になるのが、サステナブルキャリアという考え方である。
これは、単に長く働くことを意味しない。自分の健康や幸福を犠牲にしながら、会社の都合に合わせ続けることでもない。サステナブルキャリア研究では、個人のキャリアを、本人の行為主体性や意味づけ、職場や社会の文脈、時間の経過の中で捉える。仕事で成果を出すことに加え、健康、幸福、そして現在の成果と将来の雇用可能性が保たれているかが問われる。
サステナビリティ担当者に当てはめると、この理論はかなり実務的な点検軸になる。
まず、文脈である。サステナビリティ部門は、役員直下、親会社方針、外部コンサル、各部門の協力度に大きく左右される。本人の努力だけでは職務の質が決まらない。上司も未経験で、ロールモデルもなく、評価基準も曖昧な環境では、どれほど働いても経験が職務として積み上がらないことがある。
次に、個人である。サステナブルキャリアでは、個人の行為主体性(Agency)と意味づけが重視される。サステナビリティ担当者にとっては、自分がどの経験を取りに行くのか、どのテーマを深めるのか、いまの業務をどう職務経歴として翻訳するのかが問われる。ただ会社から任された仕事をこなすだけでは、キャリアは会社の都合に回収されてしまう。
そして、時間である。サステナビリティの仕事は、数年単位で経験の蓄積が見えにくいことがある。担当役員の異動で方針が変わり、親会社の要請で業務が変わり、異動希望も通らない。時間が経ったにもかかわらず、語れる専門性が残らないのであれば、そのキャリアは危うい。
そのうえで問うべきなのが、健康、納得感、雇用可能性である。心身を削り続けていないか。社会的意義だけで自分を納得させていないか。社外でも通用する経験になっているか。サステナビリティ担当者自身のキャリアが持続不可能になってしまえば、本末転倒である。
これは個人だけの課題ではない。企業側も、サステナビリティ担当者を便利な横断調整役として使うだけではなく、どの職務を経験させ、どの専門性を伸ばし、どのキャリアパスへ接続するのかを設計する必要がある。
一方で個人も、自分の経験を定期的に棚卸しした方がよい。開示、データ管理、社内横断、事業接続、特定テーマの専門性。そのどこに強みがあるのか。それとも、サステナビリティという看板の下で、汎用的な事務局業務にとどまっているのか。
環境・サステナビリティは、もはや一部の専門家だけの市場ではない。しかし、誰でも自然に伸びる市場でもない。入りやすくなったからこそ、入った後の差が出る。看板だけのサステナビリティ職で終わるのか、企業の非財務価値を動かす職務経験として積み上げるのか。その差は、数年後にかなり大きくなる。
サステナビリティの仕事を、キャリアの墓場にしてはいけない。むしろ今や「登竜門」として捉えるべきだと言える。
そのために必要なのは、この仕事の先を描く力である。自分の経験を言語化し、市場でどう読まれるのかを理解し、次に積むべき経験を選び取る力である。
では、どの経験を優先して積むべきなのか。事業会社とコンサルタントでは、キャリアの伸び方はどう違うのか。いまの職場に残るべきか、転職すべきか。これらは5月15日(金)の夜に開催されるオンラインセミナーで、求人解釈や職種比較も交えながら詳しくお話ししたい。
サステナビリティ担当者のキャリアを考えることは、個人の転職ノウハウにとどまらない。日本企業がサステナビリティを本当に経営に実装できるのか、その人材をどう育て、評価し、市場で流通させるのかという問いでもある。
制度を解説する人は増えた。求人を紹介する人も増えた。しかし、制度、企業実務、人材市場、キャリア形成を同じ地図の上で語れる人は、まだ多くない。
この領域に必要なのは、単なる解説者ではなく、翻訳者である。サステナビリティ職の経験を、個人のキャリアと企業の実装力の双方につなげる視点が求められている。
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